当研究グループに興味のある方へ

 

いっしょにNMRを使って、蛋白質の立体構造を決定してみませんか?興味のある方は、大歓迎です。是非、一度見学してみてください。連絡先は、

 
池上貴久     (IKEGAMI Takahisa)   (准教授)    tiik@protein.osaka-u.ac.jp

(TEL) 06-6879-4334 

のとおりですので、ご遠慮なくどうぞ。見学の前にご一報ください。

 

 

下は、実際に?見学に来られた学生さんとの会話を収録したものです。

 

 

こんにちは!私は今、大学院での研究場所を探しているところです。友達に阪大の蛋白研はすごいよ!と言われたので、一度見学に参りました。受け付けで、とにかくすごい研究機械のある部屋はないですかと聞いたら、蛋白研の左横のこの建物を紹介されたのですけど、、、、、。

 

ここは、蛋白研に附属しているプロテオミクス総合研究センターの一部なのです。プロテオミクス総合研究センターは、6個の研究系から成りますが、ここは、そのうちの構造プロテオミクス研究系に属します。

 

この建物では、何を研究しているのですか?

 

一言で言うと、蛋白質の立体構造を解析しています。

 

ピンと来ないですね。蛋白質というと、ダイエットや筋肉増強に有効な方法などを研究しているのですか?

 

近所のおばさんに同じことをよく言われます。でも、これはたいへんな誤解です!もちろん、筋肉は蛋白質から出来ていますが、実際には、蛋白質は生命活動のかなりの部分を担っています。例えば、ありとあらゆる代謝や生合成、細胞、脳、神経の構成要素などです。

 

高校と教養の生物で少し習いました。あらゆる生物で、DNARNAなどの遺伝子から蛋白質が作られるのですよね。

 

その通り!遺伝子という生命の設計図にしたがって直接作られるものは、この蛋白質なのです。ですから、蛋白質を知ると生命現象のかなりの部分を知ることが出来るのです。

 

そういうわけで、この研究所全体で生命活動に重要な蛋白質を研究しているわけですね。でも、遺伝子に記載された通りに蛋白質が作られるのであれば、遺伝子さえ分かればいいのではないでしょうか?蛋白質の立体構造を知ることがそんなに重要なのですか?

 

蛋白質の中でも酵素と呼ばれる一群を例にとると、分かりやすいでしょう。酵素の中には、何か他の分子を切断するものがあります。つまり、ある種の酵素は、はさみのような役目をしているわけです。しかし、ここで重要なことは、どのような分子でも切断するわけではなくて、ある特定の分子の決まった位置しか切断しないことです。つまり、その酵素は、対象となる分子を認識しているわけです。よく、対象となる分子が鍵で、酵素が鍵穴に例えられます。一致する鍵と鍵穴しか反応しないのです。

 

少し感覚が掴めてきました。立体構造が分かると、お互いの相互作用を、まるでプラモデルのように見ることが出来るわけですね

 

ええ、そうです。もし、蛋白質をもっと深く理解したい場合には、この立体構造の知識は、必要不可欠なのです。蛋白質は、20種類のアミノ酸が遺伝子に記載された順番で並んで結合したものです。ですから、アミノ酸の順番は、遺伝子を解析すれば、ほぼ自動的に分かります。しかし、この一次元的な情報だけでは、蛋白質は単なる紐のようなもので、先ほどの鍵穴としての情報を保持していません。この紐がどのように折りたたまれているかということが、蛋白質の活性には重要なのです。

 

なるほど。文字だけの本よりも絵本や図鑑の方が分かりやすくて、さらに、飛び出す絵本の方が、ずっと分かりやすいのと同じ理屈ですね。では、どのような手段で蛋白質の立体構造を決めるのですか?

 

研究界では現在のところ、立体構造を解析する手段として次の3つが主に使われています。核磁気共鳴、X線結晶構造解析、電子顕微鏡です。この研究室では、一つ目の核磁気共鳴を利用しています。

 

核磁気共鳴とは何ですか?

 

これは、なかなかさらりと説明するのは、難しいですね。とりあえずは、次のように覚えておいてください。ある原子核を非常に強い磁石の中におくと、エネルギー状態が高い核スピンと低い核スピンとに分裂します。これは、原子核そのものが磁気をもっているからと説明されています。その分裂幅に等しいエネルギーをもつ電磁波を照射すると、両者のスピンが入れ替わります。この現象を共鳴と呼んでいます。英語で、Nuclear Magnetic Resonance (NMR) といいます。

 

私には何のことだか、さっぱり、、、。とにかく、大きな磁石を使っているという点が味噌ですね。

 

・・・・・・・。この研究室には、世界最大のNMR磁石があります。800 MHzマグネットと呼ばれるものです。この他にも、500 MHz600 MHzマグネットがあります。これらの磁石は、いわゆる超伝導というものを利用しています。磁石に使用するコイルに特殊な合金材料を使い、それを液体ヘリウムに浸して、常時2−4K-270 ℃前後)にまで冷やしています。そうすると、コイル内に電流が永久に流れ、磁石ができあがるのです。

 

省エネにもってこいですね。

 

磁石の維持のためだけには、電流を与え続ける必要はありませんが、実際には、コイルを冷やすための液体ヘリウムや液体窒素などを毎週、毎月、忘れずに供給する必要があるので、機械の管理はたいへんです。

 

核磁気共鳴がなんだか複雑な現象だということは分かりましたが、どのようにして、これを蛋白質の立体構造の決定に応用するのですか?

 

まず、蛋白質の立体構造を決定するには、どのような情報があればよいかを考えてみてください。

 

蛋白質分子そのものを写真に撮ればいいんじゃないですか?

 

もし、その写真の分解能が高ければ可能です。実際には、電子顕微鏡でその方法が成功しつつあります。他には?

 

、、、全く想像がつきません。

 

もし、蛋白質分子内に存在する多数の原子の間の距離が分かれば、立体構造が組み立てられると思いませんか?蛋白質の溶液を非常に強い磁場の中においてある特殊な実験をすると、水素原子どうしの間の距離が分かるのです。

 

距離が少し分かったぐらいで、蛋白質の紐がどのように折りたたまれているかが分かるとは、とても思えませんが!

 

でも、もし、その距離情報の数が数千のオーダーだったら、どうでしょう?

 

それは、もちろん理論的には可能でしょうが、立体構造を組み立てるのに頭がこんがらがってきそうですね。

 

そこで、コンピュータを使うわけですよ。

 

なるほど。それで、この部屋には、コンピュータがいっぱい置いてあるのですか。ところで、原子核など、私はあまり軍事的なことには関わりたくないのですが、、。

 

核という名が出てきますが、核反応や核分裂とは全く関係がありません。心配ご無用です。それに、研究で使用する核磁気共鳴装置は、人体にはいたって安全です。病院で、MRIという装置を使って脳の断面写真などを撮られたことがありませんか?あの場合は、蛋白質溶液の代わりに人体を磁石の中に入れるのですが、核磁気共鳴という原理を利用している点では同じです。

 

そう聞いて安心しました。では、もし、私がこの研究室を選んだとしたら、具体的にどのような流れで実験を行うことになりそうですか?

 

まず最初に行うことは、蛋白質溶液の調製です。蛋白質は、遺伝子を組替えた大腸菌に作らせることが多いです。対象の蛋白質の遺伝子をすでに組み込んだDNA(ベクター)を共同実験者から提供してもらうこともありますし、自分でベクターに組み込む時もあります。

 

大腸菌って汚くないですか?それに、私、遺伝子組み替えの大豆は絶対に食べないようにしているのです!

 

もちろん星の数ほどの大腸菌を扱うわけですから、そういうのを飲んだりしたら、たいへんなことになります。しかし、実験で扱う大腸菌は、病原性をもったものではありませんし、滅菌操作を通して制御されているので安全です。実は、動く生き物を扱うのは、この段階だけかもしれません。30分に2倍ずつ増えていく大腸菌を眺めていると、結構愛着が湧くものですよ。

 

分かりました。なるべく早く好きになるように努力してみます。次に何をするのですか?

 

次は、この蛋白質を精製します。精製には、いろいろなクロマトグラフィーと呼ばれる装置を使用します。

 

下水からきれいな飲料水を作るような感じですか?

 

、、、、、まあ、原理的には近いのかなあ??これで、やっと、NMRの測定に移れます。

 

わーい。測定は、平均何秒ぐらいですか?学生実習で何だか変な有機物質を合成したことがあったのですが、反応が終わるまで2時間待ちで寝てしまいました。

 

残念ながら、1個のスペクトルの測定が平均3日ぐらいかかります。そのような実験を20種類ぐらい測定しなければなりません。

 

えっ、単純に計算しても、2ヶ月もかかるではないですか?

 

核磁気共鳴というのは、分光学の中でもたいへん感度の悪い現象なのです。もちろん、装置や実験法の技術的進歩はすさまじく、5−10年後はもっと測定時間が短縮されているかもしれません。いろいろな測定をしながら、同時にそれらのスペクトルを解析していきます。各原子に固有の化学シフト値を帰属したり、先ほど少し触れた距離情報や角度情報を取得したりします。

 

なんだか、気の遠くなるような過程ですね。それから、コンピュータを使って立体構造を計算するんですよね?

 

そうです。距離情報や角度情報をスペクトルから拾っては、立体構造を計算するという操作を繰り返します。

 

再び長そうな話ですね。でも、今度はコンピュータが計算してくれるから、きっと瞬間に終わるのでは?

 

それが、そうでもないのです。数千の距離や角度情報をコンピュータに与えて、これらを満たす立体構造は?と問うのですが、コンピュータにとってもこれは難しい問題らしく、たいへん試行錯誤します。よく、晩の帰宅前にスタートさせて、翌朝、結果を見るというようなことをします。

 

でも、コンピュータは私よりずっと賢いから、安心ですね。

 

そんなことはありません。コンピュータでもよく間違えるんですよ。

 

うっそー!コンピュータが間違えるのですか?! 周りを見渡すと大きい装置やスーパーコンピュータみたいのがいっぱいあるから、すごく整然とした研究のように見えたのですけど、案外、も、し、か、し、て、泥沼なんですか?

 

、、、、、。コンピュータが間違えるというより、むしろ、さまざまな立体構造が解として引き出せるということです。最終的には統計的な処理を通して、なるべく精密かつ正確な立体構造を導き出していきます。

 

なるほど、これが実験の全てですか。

 

とんでもない!ここからが重要なのです!ただ、立体構造を決めるだけではだめなんです。その立体構造がその蛋白質の機能とどういう関係があるかを議論する必要があります。最初にこの研究室で行っている研究として、蛋白質の立体構造の“解析”だと言いましたね。立体構造の“決定”と言わなかった訳は、ここにあります。解析という言葉の中には、決定以外のいろいろな意味が含まれているのですよ。

 

何だか複雑すぎて、よく分からなくなってきました。

やはり、この研究室で実験をしていくには、頭がよくないといけないですか?

 

欲をいうと、賢いに越したことはありませんが、、、。問題は、配属されてからどの程度努力するかでしょう。いろいろな種類の実験を行うことになるので、実は、さまざまな知識を身につけていく必要があります。

 

例えば、どのような知識が必要ですか?

 

まず、最初に行うことは蛋白質の調製ですので、いわゆる簡単な遺伝子操作、蛋白質発現、そして、蛋白質精製の技術を学びます。

 

難しいですか?

 

蛋白質によります。ある蛋白質は、非常に安定で精製も簡単です。しかし、なかなか発現しなかったり、精製の途中で分解されてなくなってしまうような蛋白質もあります。それらを克服していくには、非常に高度な専門知識が必要です。また、高等生物由来の蛋白質ほど、調製が難しい傾向がありますね。

 

難しそうですけど、数式とかは出てこないから、頑張れば私にも出来そうです!

 

その調子です!でも、次の段階のNMR操作には、数式が出てきます。ちょっと、物理的な数学です。

 

はっきり言って、私、数式は受け付けません!どうしても、公式を覚えないとだめですか?

 

最初は、ちょっと難しく感じるでしょうが、半年間、我慢して勉強してみてください。基本さえ頭に入れてしまえば、後は、その基本をいろいろな角度から見ているだけなのです。でも、この基本を最初にクリアーするまでに断念してしまうことが多いようです。具体的には、SIN, COSの操作がもっともよく出てきます。高校の三角関数をもう一度復習するだけで、8割はまかなえるでしょう。

 

騙されているように感じますが、とりあえず、まわりの人にいろいろ聞いてやってみます。次の構造計算では、やはり、コンピュータの知識が必要ですか?

専門的なプログラミング技術などは、必ずしも必要ありませんが、少なくともパソコン程度は使える必要があります。

 

それなら大丈夫です。インターネットと電子メールは大好きですから。

 

最近の学生さんは、そういう意味でコンピューターアレルギーだというような人は、見かけなくなりましたね。昔は、構造計算に使用するソフトやハードもたいへん原始的で、コンピュータ、特にUNIXを載せたワークステーションと呼ばれる中型コンピュータの専門知識が必須でした。でも、最近は、そのUNIX自体もまるで、パソコンのようにメニューバーをマウスでクリックするというような方法で操作できるようになりました。

 

それでは、私にもできそうですか?

 

まだ、全てがマウスのみで操作できるようになったわけではないので、ある程度の勉強は必要でしょう。むしろ、最近はコンピュータ自体の知識よりも、いかに多くのソフトを扱えるかの方が重要になりつつあるので、いろいろなソフトに挑戦してみてください。

 

先ほどX線結晶構造解析の話が出てきましたが、NMR法とどの程度違うのですか?

 

正直に申しますと、結晶解析の方が勝っているといわざるを得ないところがあります。それぞれの特徴を述べてみましょう。NMRの現在の最大の問題点は、測定できる分子量に限界があることです。今のところ、400残基程度でしょうか。それに比べて、結晶解析の方は、その10倍の大きさも可能です。さらに分解能が結晶解析の方がかなり高いです。そういうわけで、Protein Data Bank (PDB) に登録されている立体構造の座標の数を比較しても、結晶構造がNMR構造の5倍程度多いです。

 

それでは、NMR法の方が有利な点は何ですか?

 

まずは、結晶を作らなくてもよい点です。蛋白質を精製はしたが、結晶ができないことがよくあります。NMR法では、蛋白質を溶液の状態で測定します。

 

生理条件に近い形のまま測定できるわけですね。

 

もう一つ、NMR法には、運動性を解析できる利点があります。例えば、酵素と基質の相互作用の強さや、蛋白質内のどの部分がどの程度の時間領域で運動しているかなどです。

 

蛋白質って、動いているんですか?生き物みたいですね。

 

もちろん、生物ですから、、、、。

 

NMR法は、将来どのような方向にいくのですか?

 

うっ、するどい質問ですね。まず、先ほど触れた動的構造をNMR法で調べることです。静的構造の決定は、結晶構造解析やNMR法である程度、確立してきました。今後は、興味ある蛋白質において、その静的な立体構造に動的性質を加えて議論していく必要があるでしょう。

 

動くといっても、いったい、どのくらいの速さで動いているのですか?

 

一つの蛋白質には、いろいろな速さの運動が混在しています。10-12 秒から数時間のオーダーなどです。今までNMR方では、比較的速い運動、つまり、ピコ、ナノ秒(10-12 - 10-9秒)程度の運動の解析が中心でした。しかし、これは、その蛋白質の生命現象とは無関係なことが多いことが分かってきました。ちょうど蛋白質の鎖が“プルプル”と振動しているような感じです。たぶん、活性に重要なのは、もっと大きくて遅い運動、マイクロ秒からミリ秒(10-6 - 10-3 秒)のようです。

 

遅いといっても、1秒間に 1000 から 100 万回も振動するのですか?

 

そうです。先ほどのはさみに例えられた酵素が、まるではさみで物を切る時のように動くオーダーがそのぐらいです。あるいは、蛋白質の折れたたみ現象(folding)など、もっと遅めのオーダーの運動も重要です。

 

結晶構造解析と違って、蛋白質を生きた状態で調べられるのですね。

 

そうです。NMR法においても、今までは、立体構造のしっかり保持された比較的安定な蛋白質が測定の対象でした。というのは、解析が楽ですから、、、。しかし、そういう蛋白質は、結晶になりやすい傾向もあるようです。

 

とすると、結晶になりにくい蛋白質をNMRで調べていくとよいと思うのですが。

 

そうですね。もちろん、そのような蛋白質のNMRスペクトルを解析するのは、簡単ではないでしょうが。構造の硬い部分と柔らかい部分が混在したような蛋白質や、ドメインと呼ばれる構造の一塊がやわらかいリンカー領域でつながったような蛋白質などが、今後の対象になっていくでしょう。

 

もっと大きな蛋白質の解析はできないのですか?

 

現在、世界中でその挑戦がなされており、また、ここ4,5年で分子量の限界を克服するための方法論が出始めています。例えば、TROSY 法と呼ばれる測定方法は有名ですね Proc Natl Acad Sci U S A 1997 Nov 11;94(23):12366-71。測定法だけではなく、サンプル調製の段階でも工夫が見られます。ここに2001年までおられた大友さんと山崎さんが考案した、セグメントラベル法も有力ですJ Am Chem Soc 1998; 120(22); 5591-5592。その他、磁場の中で蛋白質を配向させて、双極子相互作用値というものを取得し、それを核間ベクトルの方向に応用する方法もたいへん有望ですScience 1997 Nov 7;278(5340):1111-4。さらに忘れてならないのは、水素結合のペアが直接見れるようになったことでしょうJ Biomol NMR 1999 Jun;14(2):181-4。また、一昨年あたりから、膜蛋白質の解析も活発になりました。

 

NMR本体の技術進歩はどうですか?

 

目を見張るものがあります。今や、900 MHz NMRが出現しようとしています。基本的には、より大きな磁場を利用するほど、より高分子量の試料に適用できると考えてもいいでしょう。また、検出器のコイルを冷やして、抵抗値を減らし、シグナルの感度を上昇させる試みも成功しています。構造計算も安価な市販のPCを利用して、今までよりも高速に行えるようになってきました。

 

そういう専門的な話をもっと聞いてみたいので、明日もう一度来てもいいですか?

 

現在、収録テープからディクテーションしている最中ですので、続きは、もうしばらくお待ちください(池上)。