今までになされたウイルス結晶構造の研究

 

 ウイルスに関するX線結晶解析の研究は、技術面における多くの制約があったために1970年代に入るまで本格的には行われていなかった。それは、通 常解析に使われる数万Da程度の分子量の蛋白質と比べ、ウイルス粒子の全体分子量は数百万〜数千万Daと非常に大きいことによるものである。後に述べるが、超分子の構造解析は、通 常分子の構造解析と比較して非常に困難である。それはX線回折データの収集が膨大であること、また電子密度が得られたとき、ポリペプチド鎖の折れたたみを見る作業が膨大であることなどが考えられる。しかし、超分子であるウイルスはその分子量 の膨大さの割に解析し易いといわれている。それは、ウイルス粒子が非常に対称性の高い構造を持っているためである。

  そこで、同一のサブユニットからなる球状の構造が形成されるには、どのような対称をとる必要があるか、言い換えると同一サブユニットがどのようにパッキングすると球状構造を形成することができるのかという疑問が生ずる。これは既に2000年前にギリシャの数学者が、ごく限られた方法でのみ可能であることを証明している。つまり、正二十面 体および正十二面体が、正二十面体対称(icosahedral symmetry)とよばれる最も高い対称性を持っており、最も多数の等価な物体から閉じた殻を形成できる。

  また1956年にJames WatsonとFrancis Crickは生物学的知見からウイルスの構造を予想している。ウイルスの小さなゲノムが持つ限られた遺伝子情報から、ウイルス粒子を形成するコートプロテインは数種類に限定されるに違いなく、そのため必然的に対称性を持つことになるであろうと提唱した。

  球状ウイルスの結晶学的分析の始まりは、カリフォルニア大学バークレー校 のウイルス研究所で偶然にポリオウイルス標品が結晶化された1950年代半ばにさかのぼる。そこの研究グループは、その偶然作成されたポリオウイルスの結晶をX線分析のためにロンドンのバークベック大学へ送り、Rosalind Franklin、Aaron Klug、John Finchがそのポリオウイルスの結晶を用いて、X線による分析データを収集した。Don.L.D.CasperとKlugの唱えた、「ウイルス構造が正二十面 体対称であるという仮説」はこの時のデータから導き出された。

  X線結晶解析の技術に加え、電子顕微鏡法も構造を解明するための有力な手段である。ウイルス粒子はダイレクトネガティブ染色法を用いることにより電子顕微鏡で調べることが可能な大きさである。1950〜1960年代に当時英国ケンブリッジのMRC(医学研究会議)分子生物学研究所にいたAaron Klugは、この方法を用いてウイルスの形態の研究を行った。その結果、調べた球状ウイルスは全て正二十面 体対称を示していた。

 そして1962年、当時ボストンの小児癌研究センターにいたDon.L.D.CasperとKlugは、この電子顕微鏡によるデータや過去20年以上にわたって得られたデータをもとに、球状ウイルスの対称形は正二十面 体であり、さらに60の倍数の特定のコートプロテインサブユニットがどのように組み合わさってそのような二十面 体粒子が形成されうるかということを説明した。

 ウイルスのX線結晶解析は、1960年代まではいくつかの技術的な問題を抱えていた。当時のX線源の強度および装置の性能では、中型蛋白質の構造を決定するためには通 常数万回のX線測定が必要であり、これに対し、ウイルス粒子全体のように大きな構造を決定するために必要なデータは、数百万回もの測定が要求された。1970年代に入るまでには、結晶学においてまだ計算能力の技術が発達していなかったため、超分子の構造解析の進歩は妨げられていた。しかし、1974年、当時ケンブリッジのMRC研究所にいたGerard Bricogneによる対称構造を持つ分子に関する画像形成技術の開発により、ウイルスの構造のモデリングが可能となった。この開発により、1978年ハーバード大学のStephen C. Harrisonらにより、ついにTomato Bushy Stunt Virusの完全な全体粒子の構造が明らかにされた1)。その後、植物ウイルスでは、1980年にSouthern Bean Mosaic Virus(SBMV)2)、1989年Bean Pod Mottle Virus(BPMV)3)、1996年Turnip Yellow Mosaic Virus(TYMV)4)、Tobacco Ringspot Virus(TRV)5)、1999年Physalis Mottle Virus(PMV)6)、2000年Tobacco Necrosis Virus(TNV)7)、Rice Yellow Mottle Virus(RYMV)8)などの三角分割数がT=3つまり正二十面 体構造を180個のサブユニットで形成するタイプのウイルス種が次々と構造決定されている。またこれらのT=3タイプのウイルスよりも単純な三角分割数T=1の60のサブユニットをもつウイルスSatellite Tobacco Necrosis Virus(STNV)9)の構造も解析されている。これらT=3、T=1以外にもT=4、T=7、T=13の構造を持つウイルスも次々と解析されている。

 ウイルスの構造解析は必然的に計算科学の発展、とりわけ膨大な情報量 を処理できるような計算技術に依存するところが大きい。通常の蛋白質より桁違いに分子量 が大きいため、X線を結晶に当てた時の反射数も桁違いに多い。そのため、実際の計算となると現状コンピューターの計算力の範囲内で演算処理を進めていくことになり、それがウイルスの構造解析の全体的な指針を決定する。つまり、ウイルス結晶を用いてX線による反射データを得る場合、コンピューターの演算プログラムが計算できる範囲内に留めておかなければならない。指数計算プログラムはまた、ハードの記憶容量 に依存する性質もあるため、プログラムの環境に応じて解析を行っていく必要がある。

 また、正二十面体などの対称性を持つウイルスは、回転軸におけるコート蛋白質サブユニットの位 置配置は同じになることから、対称性のない超分子と比べると、構造解析はそれ程困難ではない。例えば対称性を持つウイルスの場合、反射データの質上の問題で電子密度マップが一部見えていないとしても、回転軸の回転角部分のデータがあれば、後の回転角部分を補い、構造の最適化を試みることが可能である。この対称性は二十面 体の場合、2回軸、3回軸、5回軸が存在し構成されていることから、これらの回転軸の電子密度マップを平均化させれば、コート蛋白質の全体構造は理論的に構築可能となる。また、最近のコンピューター技術の発展により大容量 のハードディスク、計算能力の高い演算装置などの各種ハード類、演算処理ソフトの普及により、ウイルス粒子全体のX線結晶解析が昔と比べて遥かに容易になったことは確実である。演算処理ソフトの付属プログラムとしてウイルスの構造解析に対応できるものも入手可能となっている。これについては追々叙述することにする。

  このように、対称性を持つ球状ウイルスのX線結晶構造解析は、巨大な分子量 またそれ故大きな格子を持つことから、データの収集やその処理に非常に労力を必要とするが、対称性を利用した特別 な解析方法を用いたりなど興味は尽きない。対称構造を持つウイルスのX線結晶解析は解析技術や解析ソフトの発展に応じて発展していく分野である。

 

参考文献

1)Harrison,S.C.Nature 276,368-374 (1978).

2)Abad-Zapatero,C. Structure of southern bean mosaic virus at 2.8 Å resolution. Nature. 286, pp. 33 (1980).

3)Johnson,J.E. Protein RNA interactions in an icosahedral virus at 3.0 angstrom resolution. Science. 245, pp.154(1989).

4)Canady,M.A. Crystal structure of turnip yellow mosaic virus. Nat Struct Biol 3, pp.771(1996).

5)Johnson,J.E. The structure of tobacco ringspot virus :a link in the evolution of icosahedral capsides in the picornavirus superfamily .Structure.6, pp.157(1998).

6)Krishna,S.S. Three Dimentional Structure of Physalis Movirus :Implications for the Viral Assembly.J.Mol.Biol. 289, pp.919(1999).

7)Oda,Y.,Saeki,K.,Takahashi,Y.,Maeda,T.,Naitow,H.,Tsukihara,T.,Fukuyama,K. Crystal structure of Tobacco Necrosis Virus at 2.25 angstrom Resolution. J.Mol.Biol. 300, pp.153(2000).

8)Qu,C. 3D Domain Swapping Modulates the Stability of Members of an Icosahedral Virus Group.Structure 8 ,pp.1095(2000).

9)Jones,T.A.,Liljas,L. Structure of satellite tobacco necrosis virus after crystallographic refinement at 2.5 angstrom resolution. J Mol Biol 177,pp.735(1984).

 

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