教員
教授 吉川 和明(YOSHIKAWA, Kazuaki)
助教 長谷川 孝一 (HASEGAWA, Koichi)
助教 藤原 一志郎 (FUJIWARA, Kazushiro)
各教員のプロフィールについては大阪大学研究者総覧を参照してください。
研究概要
ニューロン(神経細胞)は神経幹細胞から分化すると、細胞分裂を終了し、再び分裂を開始することがありません。ほとんどのニューロンは、胎児期に分化した後、個体の死に至るまで生き続けます。したがって、ヒトの場合、ニューロンは一世紀(100年)以上も生存する能力をもっていることになります。この分化(最終分化)に伴う分裂終了という現象は、ニューロンがもつ最も基本的な性質であり、これが起こらないと、ニューロンはその形をつくったり、固有のはたらきをしたり、生存し続けることができないと考えられています。すなわち、分裂終了、分化、生存の三つの要素は極めて強い相互依存関係にあるといえます。しかし、これらの現象を統一的にコントロールする分子機構については、現在のところ、ほとんど明らかにはなっていません。当研究室では、動物個体や細胞の遺伝子を操作することによって、ニューロンが神経幹細胞から分化する際に起こる分裂終了と、それに伴う生存と死(アポトーシス)の分子機構を明らかにしたいと考えています。現在、Necdinと名付けた蛋白質を中心に、以下のような視点から研究を進めています。
1) ニューロンの最終分化
私たちのグループは1991年に多分化能をもった幹細胞がニューロンに分化する際に発現する分子を発見し、Necdin (neurally differentiated embryonal carcinoma-derived protein)と名付けました。Necdinはニューロン、筋細胞、脂肪細胞などの高度に分化した細胞に発現しており、細胞の増殖や死を抑えるはたらきがあります。最近では、NecdinはE2Fやp53などの転写因子や神経栄養因子受容体TrkAやp75など20種類近くの蛋白質と結合する多機能蛋白質として働くことが明らかになってきました。たとえば、Necdinは神経成長因子NGFのシグナルを増強して、知覚ニューロンの分化と生存を促進します。また、前脳(大脳皮質や視床下部などを含む脳領域)に存在するニューロンの分化にもNecdin は重要な働きをしていることが推定されます。そこで、Necdinを含む蛋白質複合体によって種々のニューロンの分化や生存がどのように調節されているかを研究しています。
2)ゲノムインプリンティング
ゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)は、片親由来の遺伝子の発現が抑えられ、もう片方の遺伝子だけが発現するエピジェネティック現象で、動物では哺乳類(有胎盤類)に特有のものです。ヒトのNecdin遺伝子(NDN)は、この現象によって母由来の遺伝子は発現されず、父由来の遺伝子だけが発現しています。最近、Necdinはゲノムインプリンティングに関連した脳発達疾患であるプラダー・ウィリー症候群(Prader-Willi syndrome)の主な原因遺伝子の候補になっています。この病気は、脳、とくに視床下部や脳幹に存在するニューロンの発達異常によって、種々の症状が起こることが知られています。この病気の原因となる染色体の領域には数個の遺伝子が存在しますが、遺伝子操作マウスを用いた研究では、父由来のNecdin遺伝子だけが無くなると様々なニューロンの発達に異常が起こることがわかりました。そこで、Necdin遺伝子変異マウスを用いて、ニューロンの発達異常とその背景にある分子機構を調べています。
3)遺伝子ファミリー
Necdinと類似したMAGE(melanoma antigen)遺伝子ファミリーは哺乳類では30種類以上存在します。ヒトのMAGE遺伝子(MAGE-A-Cグループ)はガン免疫に関係していることが知られていますが、機能についてはほとんどわかっていません。不思議なことに、これらのMAGE遺伝子ファミリーは、哺乳類以外の脊椎動物や無脊椎動物ではゲノム中に1種類しか存在しません。つまり、哺乳類に進化するまでは、ただ一つであったMAGE遺伝子が、哺乳類になってから急激に多様化したことになります。一方、哺乳類以外のMAGE蛋白質は、Necdinとアミノ酸配列が似ているため、NecdinはMAGEファミリーの本来の性質を保っているものと考えられます。そこで、MAGEファミリーの進化と機能変化との関連について研究しています。
4)脳の進化
ショウジョウバエなどの無脊椎動物や哺乳類以外の脊椎動物のゲノム中に存在する単一のMAGE遺伝子は、脳神経系のニューロンに発現しています。また、インプリント遺伝子であるNecdinは、DNAメチル化によるゲノムインプリンティング機構が完成された有胎盤類(真獣類)になって初めて出現し、ワラビーなどの有袋類には存在しないことが報告されています。脳の急激な進化(大脳ニューロン数の増加)は胎盤をもつ哺乳類になってから起こったことが知られているため、Necdinが脳ニューロン数の増加に関与する可能性についても検討しています。
ゲノムインプリンティング疾患モデルマウス
黒い目のマウスは、父由来染色体上のNecdin遺伝子だけが欠損するように遺伝子を操作したもの。このマウスは一見正常であるが、細胞レベルで調べてみると、ニューロンの分化や生存が異常になっていることが明らかになった。主な発表論文
Kuwajima, T. et al. (2010) Necdin promotes tangential migration of neocortical interneurons from basal forebrain. J Neurosci 30: 3709-3714
Hasegawa K, Yoshikawa K (2008) Necdin regulates p53 acetylation via Sirtuin1 to modulate DNA damage response in cortical neurons. J Neurosci 28:8772-8784.
Nishimura I, et al. (2008) Drosophila MAGE controls neural precursor proliferation in postembryonic neurogenesis. Neuroscience 154:572-581.
Kurita M, et al. (2006) Necdin downregulates Cdc2 expression to attenuate neuronal apoptosis. J. Neurosci 26:12003-12013
Kuwajima T, et al. (2006) Necdin promotes GABAergic neuron differentiation in cooperation with Dlx homeodomain proteins. J Neurosci 26:5383-5392.
Kuwako K, et al. (2005) Disruption of the paternal necdin gene diminishes TrkA signaling for sensory neuron survival. J Neurosci 25:7090-7099.
Tseng YH, et al. (2005) Prediction of preadipocyte differentiation by gene expression reveals role of insulin receptor substrates and necdin. Nature Cell Biol 7:601-611.