固体NMRで何ができるの?

固体NMR法は水に溶けず、純粋でも単分散でも結晶でもない分子系を対象に、分子量の上限なく立体構造・運動性の情報を原子分解能で得られる稀な手法である。これにより脳神経疾患をおこすアミロイド線維や、細胞膜中で外界とのインターフェイスとして信号や物質の移動に関与する膜蛋白質、さらにはこれらの細胞内直接測定などが可能である。これは分子の原子分解能構造解析に有効な従来法、X線結晶回折法が単結晶を、溶液NMR法が水溶性かつ分子量〜20 kDa以下の小さなタンパク質を要求するのに対する大きな強みである。また化学コントラストを利用して活性部位を選択的に観測したり、細胞深部と表面のタンパク質を別々に検出したりでき、固体NMR法は構造生物学・構造生命科学の発展に独特な寄与ができる。

ただ固体NMRの方法論は急速に発展しているものの、技術的課題も多い。例えばブラウン運動の不在によって残る強いスピン間相互作用が個々のNMR信号を太く弱くすることによる信号の縮退(重なり合い)と低感度である。しかしそこがいいのだ。西部開拓民のように手探りで自ら切り拓いたフィールドからは、得るものも大きい。今でも挑戦的な解析対象には自らの手で必要な実験スキーム、解析法から装置まで、一から構築する必要がある。これは骨が折れるが面白い。我々の研究室の核心部分である。