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大阪大学蛋白質研究所 蛋白質化学研究部門

細胞外マトリックスの多様性とインテグリンシグナリング

関口 清俊
大阪大学蛋白質研究所/科学技術振興事業団関口細胞外環境プロジェクト

実験医学増刊「プロテオミクス時代のタンパク質研究」
2002年9月25日発行、pp.124-132、羊土社
 本文中の図表はクリックすると拡大します。


サマリー: 

細胞外マトリックスは、細胞の隙間を埋める単なる詰め物ではなく、細胞の増殖、分化、形質発現を制御する多様な情報が書き込まれた情報超分子システムである。細胞はインテグリンに代表される細胞表面のセンサー分子を使って細胞外マトリックスに書き込まれた情報を読み取り、その情報に従って様々な細胞機能を制御している。細胞外マトリックスに書き込まれた多彩な情報がインテグリンによってどのように識別され、どのような形で細胞内にアウトプットされるか、我々の最近の成果を中心に紹介する。細胞外マトリックス情報の解読は、幹細胞の増殖・維持に必要なニッチェと呼ばれる細胞外環境の実体を解明する鍵を握っている。

キーワード:基底膜、ラミニン、フィブロネクチン、インテグリン、シグナル伝達

はじめに
1. 細胞外マトリックスの多様性と基底膜
2. ラミニンの分子多様性
3.ラミニンのインテグリン結合特異性

4. 基底膜からインテグリンを介して伝達されるシグナル

終わりに
文献


詳細

はじめに


 細胞外マトリックスは、文字通り、細胞の外周に形成される線維状あるいは網目状の構造体の総称である。解剖学的には、結合組織の主体である間質と上皮組織を裏打ちする基底膜に大別される。これらの細胞外マトリックスは、以前は細胞と細胞の隙間を埋めたり、組織と組織を区切る物理的な構造物として捉えられてきたが、近年、細胞外マトリックスとの相互作用を介して細胞死を回避し、細胞の増殖・分化を制御するシグナルが細胞内に伝達されることが明らかにされ、細胞機能制御因子としての細胞外マトリックスの役割が注目されるようになってきた。

 細胞は細胞表面に発現している様々なセンサー分子を動員して、細胞外マトリックスの中にバーコードのように書き込まれた情報を読みとり、その情報に従って細胞死を回避し、増殖、分化、形質発現の制御を行っている。このバーコード情報を読み取るセンサー分子の代表がインテグリンである。インテグリンによる細胞外マトリックス情報の解読システムは、全ての多細胞動物が備えている基本的な細胞制御システムである1)。近年、インテグリンを介する細胞接着に共役して、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化とそれに続くMAPK、PI3K、Rhoファミリー低分子量G蛋白質の活性化が起こることが示され、細胞外マトリックスによる細胞機能の制御機構が次第に明らかにされてきた。しかし、細胞外マトリックスに書き込まれた情報は極めて多様であり、細胞ごと、組織ごとにその組成は異なる。この多様な細胞外マトリックスの情報がインテグリンによってどのようなシグナルとして細胞内にアウトプットされるかは、未だ不明な点が多く残されている。本稿では、筆者の研究グループが進めている基底膜への接着に依存して細胞内に伝達されるシグナルの解析結果を中心に、細胞外マトリックスによる多彩な細胞機能制御の分子機構に関する最近の知見を紹介したい。


1. 細胞外マトリックスの多様性と基底膜
 
 
細胞外マトリックスの大きな特徴は、その組成の多様性である。細胞外マトリックスの主要成分はコラーゲンであるが、それ以外に各種プロテオグリカン、フィブロネクチンやラミニンのような細胞接着性蛋白質、エラスチンのような構造蛋白質など、非常に多くの蛋白質が細胞外マトリックスには含まれている。最近のゲノム研究によれば、既知の遺伝子の約2%が細胞外マトリックス関連蛋白質と分類されており2)、ヒトの場合は少なくとも600以上の細胞外マトリックス関連遺伝子が存在すると予想される。実際、コラーゲンにはI 型からXXI型まであり、サブユニット組成の異なるアイソフォームを含めれば、その数はさらに多くなる。このような分子多様性は、ラミニン(12種以上)、フィブロネクチン(21種類)、テネイシン(5種類)、ADAMTS(14種類)など、多くのマトリックス蛋白質にも認められる。プロテオグリカンのコア蛋白質にも非常に多くの種類がある。

 このような細胞外マトリックス分子の多様性は、どのような意味を持つのであろうか?細胞外マトリックスの組成は、細胞ごと、組織ごとに極めて多様性に富むことが知られている。同じタイプの細胞でも、発生段階の違いによって細胞外マトリックスの組成は大きく変化する。細胞は常にその時々に最適化された細胞外マトリックスという外環境を纏っているのである。このようなテーラーメイドの細胞外マトリックス環境の実体と個々の細胞外環境から細胞内に伝達されるシグナルの解明こそが、幹細胞を含めた動物細胞の増殖・分化の制御機構の解明とその制御技術の開発には不可欠であると筆者は考えている。幹細胞の増殖・維持には、ニッチェ(niche)と呼ばれる、各幹細胞に最適化された細胞外環境が必要であるといわれている。ニッチェの分子的実体は未だ不明であるが、様々な増殖因子やサイトカインを組み込んだ細胞外マトリックスがその実体であろう。

 筆者は、20年以上にわたってフィブロネクチンという間質の接着蛋白質を研究してきた。しかし、5〜6年前から主な研究対象をフィブロネクチンから基底膜の接着蛋白質であるラミニンにシフトさせた。これは、多くの器官(臓器)の機能が主に上皮細胞により担われており、上皮細胞の増殖・分化の制御の仕組みを理解するためには、上皮細胞直近の細胞外環境である基底膜の機能を解明することが必要であると感じたからである。基底膜は上皮組織に限定されず、血管内皮の周囲や筋細胞、脂肪細胞、シュワン細胞の周囲にも存在する。基底膜に書き込まれた情報を解読することが、これらの細胞の増殖・分化の制御の仕組みを解き明かす上で重要な手かがりを与えるはずである。

 しかし、これまでの細胞外マトリックスの研究は、コラーゲンやプロテオグリカン、あるいはフィブロネクチンのような結合組織や骨・軟骨の分子を主な対象としており、基底膜分子の研究は大きく遅れていた。これは、生体組織から基底膜だけを分離することが技術的に容易ではないことに加え、基底膜の構成分子はジスルフィド結合やイソペプチド結合を介する分子間架橋により可溶化が容易ではないからである。そのため、これまでの基底膜分子に関する生化学的解析は、EHS(Engelbreth-Holm-Swarm)肉腫という、基底膜を過剰産生する特殊なマウス腫瘍に大きく依存してきた。基底膜の構成分子としてよく知られているIV型コラーゲン、ラミニン、ニドゲン、パールカンは、いずれもEHS肉腫の抽出物から分離・精製されたものである。これら4つの基底膜分子の中でも、一番はじめに精製され、その機能が詳しく解析されているのがラミニンである。しかし、EHS肉腫から精製されたラミニンを使った研究には、思わぬ落とし穴があることが最近わかってきた。というのは、ラミニンには多くのタイプがあり、EHS肉腫から精製したラミニンは胎児組織に主に発現する特殊なラミニンであったからである。このラミニンは細胞接着分子としての活性も弱く、基底膜による細胞の機能制御の解析には余り適していない。


2. ラミニンの分子多様性

 基底膜固有の構成分子として最初に同定されたラミニンは、α、β、γの3種類のサブユニット鎖がcoiled-coilドメインを介して十字架様に会合したヘテロ3量体蛋白質である(図1)。十字架の長腕が3本のサブユニット鎖がcoiled-coilドメインで会合した部分に対応し、その末端にある球状ドメイン(Gドメイン)はα鎖のC末端領域で構成されている。このGドメインは、LG(laminin G)と呼ばれる繰り返し構造5個からできており、N末端側から3番目のLG3にインテグリン結合活性があると考えられている3)。一方、十字架の3本の短腕は各サブユニット鎖のN末端領域に対応し、これら短腕の末端部がトライアングル状の2次元格子をつくるように会合することにより、基底膜の基本骨格が形成される。


 このラミニンを構成する3本のサブユニット鎖に各々複数のタイプがあることが既に明らかにされている。α鎖には5種類、β鎖とγ鎖には3種類ずつの異なるタイプがあり、それらの組み合わせの異なる12種類のラミニンアイソフォームがこれまでに同定されている(表1)。EHS肉腫から精製されたラミニンは、α1β1γ1という組成をもち、現在ではラミニン-1と呼ばれている。このラミニンー1は、ラミニンの標準品として広く世界中で使われてきたが、意外なことに、胎児の基底膜にはよく発現しているものの、成体組織の基底膜には一部の例外を除いてほとんど発現していない。いわば胎児期限定のラミニンアイソフォームと考えられる。

 一方、α2〜α5鎖は成体の基底膜に発現しているが、組織特異的な発現を示す。α2鎖は筋細胞やシュワン細胞の基底膜に強く発現しているが、他の基底膜にはほとんど発現していない。α4鎖は血管基底膜に選択的に発現している。α3鎖は皮膚の基底膜に強い発現が認められる。α5鎖は成体組織に最も広範に発現しているα鎖で、血管基底膜を始めとして、様々な器官の基底膜に発現が認められる4)。ラミニンだけを考えても、基底膜は器官や細胞ごとに多様な分子組成をもっているのである。

 基底膜による細胞の機能制御の機構を解き明かすには、各ラミニンアイソフォームとの相互作用によって、どのようなシグナルが細胞内に伝達され、そのシグナルが他のマトリックス分子とどのように異なっているかを知る必要がある。しかし、EHS肉腫からグラム単位で調製できるラミニン-1を除くと、α2鎖〜α5鎖を含むラミニンをミリグラム単位で精製することすら容易ではない。筆者らは、基底膜の機能解明には成人基底膜に発現する主なラミニンアイソフォーム、特にα5鎖やα4鎖を含むラミニンを精製し、その生理活性をインテグリンを介するシグナル伝達の観点から解明する必要があると考え、1996年以来、各ラミニンアイソフォームの精製を進めてきた。我々の基本戦略は、生体組織からの可溶化が困難であることを踏まえ、培養細胞の培養上清を出発材料とすること、そして各α鎖に特異的な単クローン抗体を作成して、抗体カラムでラミニンの精製を行うことの2点である。
 我々は、30種以上のヒト培養細胞について、ラミニンα鎖の発現をRT-PCRによりスクリーニングし、各細胞がそれぞれ特徴のあるα鎖発現パターンを示すことを見出した(図2)。たとえば、グリオーマ細胞株T98Gはα4鎖を選択的に発現しており、この細胞の培養上清からα4鎖を含むラミニンを精製することができる。培養上清からラミニンを精製するには、抗体カラムを用いる。分子量600,000〜800,000もあるラミニンをイオン交換カラムやゲル濾過だけで均一に精製するのは困難である。我々は約5年をかけて、ヒトラミニンの各α鎖と主なβ鎖、γ鎖に対する単クローン抗体をすべて作成し、これらの抗体を不溶化したカラムを用いて、α1鎖からα5鎖までのすべてのラミニンアイソフォームを精製することに最近成功している5,6)。


3.ラミニンのインテグリン結合特異性

 ラミニンには、細胞接着活性、細胞遊走活性、細胞分散活性、神経細胞の突起伸張活性、上皮細胞の管腔形成誘導活性など、様々な生物活性が報告されている。これらの活性は、いずれも細胞表面の受容体との結合とそれに共役した細胞内へのシグナル伝達に基づいており、どの受容体が関与するかを知ることがこれらの活性の分子機構を理解するための第一歩となる。細胞表面のラミニン受容体としては、インテグリンファミリーに属するものと属さないものがあり、後者の例としてはα-ジスロトグリカン、シンデカンが知られている。なお、YIGSR配列を認識する67kD蛋白質がラミニンに結合することが以前報告されたが、ラミニン受容体としての意義は現在では疑問視されている。

 精製した各ラミニンを吸着させた基質を用意し、この上にトリプシンで浮遊させた細胞を播種すると、30分から1時間で細胞は基質に接着し、伸展する。接着と伸展の違いは、接着した細胞が丸いままか(接着)、扁平に広がっているか(伸展)による。細胞が伸展するためには、細胞内アクチン骨格系の再編成が必要である。ラミニン上での細胞の接着・伸展は、ほぼ例外なく、β1インテグリンに対する活性阻害抗体で阻害される。これは、β1鎖を含むインテグリンが各ラミニンへの接着に関与することを意味している。ここで少しインテグリンの説明をしておこう。
 インテグリンは、フィブロネクチンへの細胞接着を媒介する受容体としてはじめに同定された接着受容体で、α鎖とβ鎖と呼ばれる2本のサブユニット鎖のヘテロ2量体分子である(図3)。α鎖には19種類、β鎖には8種類の異なるタイプがあり、これらの組み合わせが異なる24種類のインテグリンが同定されている7)。赤血球のような特殊な細胞を除くと、インテグリンはほぼすべての細胞に発現している。しかし、どのインテグリンを発現しているかは、細胞のタイプにより異なる。細胞は周囲の細胞外マトリックス環境に適合したインテグリン組成を持っているからである。

 インテグリンの中でも最も広範に発現しているのは、β1鎖を含むインテグリンである。血球細胞に特異的に発現し、β2鎖と特異的にヘテロ2量体を形成するαL, αM, αX 、血小板特異的に発現し、β3鎖と組むαIIb のような例外は別として、ほぼすべてのα鎖がβ1鎖とヘテロ2量体を形成する。β1鎖を含むインテグリンのリガンド結合特異性は、β1鎖がどのα鎖と組むかによって決まる。フィブロネクチン受容体として最初に同定されたインテグリンはα5β1であるが、α4β1、α8β1、αvβ1もフィブロネクチンとの結合能を有する。ただし、通常の上皮系細胞や線維芽細胞ではα4β1、α8β1、αvβ1の発現はα5β1に比べて低く、これらの細胞のフィブロネクチンへの接着はα5β1に強く依存している。なお、α8β1の生理的なリガンドがネフロネクチンと呼ばれる蛋白質であることが最近報告された8)。ネフロネクチンは、フィブロネクチンと同じRGDモチーフを活性部位に持ち、腎臓形成の過程で一過的に基底膜に発現する。この他、α1β1、α2β1、α10β1、α11β1はコラーゲンへの接着を媒介することが知られている。

 話をラミニン受容体に戻すと、これまでα6β1が主要なラミニン受容体であると考えられていた。これはラミニン-1への細胞の接着がインテグリンα6鎖に対する抗体で強く阻害されるためである。しかし、他のラミニンアイソフォームへの接着にどのタイプのインテグリンが関与するかは、最近まで不明であった。ラミニンー1以外で始めにインテグリン結合特異性が明らかとなったのは、ラミニン-5(α3β3γ2)である。ラミニン-5への細胞の接着は、基本的にインテグリンα3鎖に対する抗体で強く阻害される9)。インテグリンα3β1は、以前、フィブロネクチン、コラーゲン、ラミニンのいずれにも親和性を示す“promiscuous(誰とでもくっつく)”なインテグリンであると報告されたため、今でもそのように記載している総説が散見されるが、これは間違いである。α3β1はラミニン-5およびラミニン-10/11(α5β1γ1/α5β2γ1)に対する特異的な受容体である。我々は、ラミニン-10/11をインタクトな形ではじめて精製することに成功し、このラミニン-10/11への上皮系細胞の接着がインテグリンα3鎖に対する抗体で特異的に阻害されることを明らかにした5)。ただし、線維芽細胞のラミニン-10/11への接着は、抗α3鎖抗体単独では阻害されず、α3鎖抗体とα6鎖抗体の両方ではじめて阻害される10)。線維芽細胞ではα6β1もラミニン-10/11の受容体として機能しているらしい。上皮系細胞のラミニン-10/11への接着がα3β1だけに依存しているように見えるのは、これらの細胞ではインテグリンα6鎖がβ1鎖とはヘテロ2量体を作らず、β4鎖とヘテロ2量体を形成しているからであろう。なお、ラミニン-10/11がα3β1とα6β1の両方に強く結合することは、ヒト胎盤から精製したインテグリンを用いて最近確認している。この他、ラミニン-8(α4β1γ1)やラミニン-2/4(α2β1γ1/α2β2γ1)に関しても、そのインテグリン結合特異性が最近明らかにされている(表1)。表1からわかるように、ラミニンへの細胞接着を媒介する主要な受容体は、インテグリンα3β1、α6β1、α7β1とα6β4である。α3鎖、α6鎖、α7鎖はアミノ酸配列の類似性が高く、共通の遺伝子から派生したものと考えられている。α6β4は、ヘミデスモゾームに局在するインテグリンで、その生理的なリガンドはラミニン-5である。ラミニンとインテグリンの間の結合の解離定数が求められている例は多くないが、我々がα3β1とα6β1に関して調べた限りでは、ラミニン-10/11とα3β1の結合がもっとも強く、そのKdは〜1 nMであった(西内、投稿準備中)。



4. 基底膜からインテグリンを介して伝達されるシグナル


 インテグリンは、細胞外ドメインでラミニンやフィブロネクチンのような細胞外マトリックスのリガンドと結合する一方で、細胞内領域で様々なシグナル伝達因子やアクチン結合蛋白質と直接あるいは間接的に結合し、細胞外マトリックスに書き込まれた情報を細胞内に伝達する(図3)。このようなインテグリン結合蛋白質として最も知られているのは、FAK(focal adhesion kinase)と呼ばれるチロシンキナーゼである。インテグリンを介して細胞が細胞外マトリックスの接着蛋白質に結合すると、FAKの自己リン酸化がおこり、これによって生じたリン酸化チロシン残基にSrcファミリーのチロシンキナーゼが結合することによって、p130Cas, Shc, paxillin, tensinなどのドッキング蛋白質やアダプター蛋白質のチロシンリン酸化が2次的に誘導される。このような蛋白質チロシンリン酸化のカスケードを介して、PI3KからAktに至る経路やGrb2/Sos/RasからMAPKに至る経路が活性化され、細胞の生存が維持され、細胞周期が進行する11.12)。また、Rhoファミリーの低分子量G蛋白質の活性化を通じて、アクチン骨格系の再編成が誘導される13)。このようなシグナル伝達経路は、何もインテグリンからのシグナルに固有なものではなく、様々な増殖因子の刺激によっても活性化されることが知られている。インテグリンからのシグナル伝達経路は、それ自身が単独で働くものではなく、常に増殖因子受容体からのシグナルと共役して働いていると考えられる。実際、インテグリンを細胞から抗体を用いて沈降させると、様々な増殖因子受容体が共沈する14)。インテグリンと増殖因子受容体は、機能的に共役するだけでなく、膜面上で緩やかな複合体を形成して存在するものと推定される。

 インテグリンを介するこのようなシグナル伝達経路(図3)は、確立された事実のように受け取られがちであるが、未解決の重要な問題が残されていることを忘れてはならない。というのも、細胞外マトリックスの多様性がインテグリンを介するシグナルにどのような形で反映されるかが現在のスキームには欠落しているからである。細胞外マトリックスの多様性の意味を考えれば、インテグリンを介するシグナルを一つのステレオタイプで説明することはできないはずである。しかし、これまでのインテグリンを介するシグナル伝達の研究は、ほとんどがフィブロネクチンを基質として行われており、現実に解析が進んでいるのはインテグリンα5β1を介して伝達されるシグナルに限定される。他の細胞外マトリックス分子からどのようなシグナルがインテグリンを介して伝達され、そのシグナルがフィブロネクチンから伝達されるシグナルとどのように異なっているかは、これまでほとんど調べられていない。
 われわれは、この問題の答えを出すため、ラミニンの中でも最も接着活性が強いラミニン-10からどのようなシグナルがインテグリンを介して伝達されるかを、フィブロネクチンから伝達されるシグナルと比較しながら検討した15,16)。はじめにわかったことは、アクチン骨格を制御するシグナルの違いである。上皮系細胞の場合、フィブロネクチンに接着・伸展した細胞では、よく発達したストレスファイバーと接着斑(focal adhesion)が観察されるが、ラミニン-10に接着・伸展した細胞ではストレスファイバーも接着斑も観察さ


れず、そのかわりにアクチンが細胞辺縁部に集積した葉状仮足様の構造が観察された(図4)。ストレスファイバーと葉状仮足の形成には、それぞれRhoとRacの活性化がかかわることが知られている。実際にGTP結合型のRhoとRacの量を調べてみると、フィブロネクチン上ではGTP結合型Rhoが、ラミニン-10上ではGTP結合型Racがそれぞれ選択的に増加していることが判明した。また、細胞内蛋白質のチロシンリン酸化を比べてみると、フィブロネクチン上ではFAKが強くリン酸化され、ラミニン-10上ではp130Casが選択的にリン酸化されることがわかった。これまでの解析から、ラミニン-10に接着した細胞では、p130Casのチロシンリン酸化に伴い、p130Cas-CrkII-DOCK180複合体の形成が亢進し、RacのGTP-GDP交換因子であるDOCK180によるRacの活性化が亢進することがわかっている15)。
 同様に、活性型のMAPKとAktの量をフィブロネクチンとラミニン-10に接着した細胞で比較すると、MAPKのリン酸化(活性化)に関しては、顕著な差が認められないものの、Aktの活性化がラミニン-10上で非常に強く起こることがわかった16)。Aktの活性化は、アポトーシスを回避し、細胞の生存を維持するための基幹シグナルである。実際、無血清培地中でのアポトーシスを抑制する活性を比べてみると、ラミニン-10はフィブロネクチンよりも非常に強いアポトーシス抑制活性を示した(図5)。成人基底膜に広範に発現して

いるラミニン-10は、細胞の生存維持に極めて有利な細胞外環境を提供しているのである。接着依存的なアポトーシス抑制活性は、フィブロネクチンにも認められるが、興味深いことには、この活性はAktの阻害剤ではなく、MAPKの阻害剤で選択的に阻害される16)。フィブロネクチン上では、細胞はPI3K-Akt経路ではなく、Ras/MEK/MAPK経路に依存して生存を維持していると考えられる。PI3K/Akt経路を強く活性化することが、ラミニン-10からインテグリンα3β1を介して伝達されるシグナルの最大の特徴といえよう。

おわりに

 本稿では、細胞外マトリックスの多様性の意味をインテグリンを介するシグナル伝達という観点から解説した。ラミニンには12種以上のアイソフォームがあり、各アイソフォームは少しずつ異なるインテグリン結合特異性を有している。ここで紹介したラミニン-10に関する筆者らの結果は、インテグリンから伝達されるシグナルの多様性のまだ一部を捕らえたにすぎない。今後、他のラミニンアイソフォームやその他の細胞外マトリクス分子から、インテグリンを介してどのようなシグナルが伝達され、それがフィブロネクチンやラミニン10からのシグナルとどのように異なっているかを、明らかにしてゆく必要がある。また、各インテグリンから伝達されるシグナルの多様性がどのように制御されているか、具体的には、フィブロネクチン受容体のα5β1とラミニン-10受容体のα3β1から伝達されるシグナルがどのようにRhoとRacを選択的に活性化するのか、なぜα3β1からのシグナルだけがAktを強く活性化するのか、その分子機構の解明が今後の大きな課題である。筆者らは、ヒト胎盤からインテグリンα3β1を精製する際、分子量30,000の蛋白質がα3β1と共精製されることを偶然発見し、この蛋白質がテトラスパニンファミリーの一つであるCD151であることを明らかにしている。テトラスパニンは、インテグリンの中でもラミニン結合性のα3β1とα6β1と選択的に複合体を形成することが知られている17)。また、CD151はプロテインキナーゼCと複合体を形成することが報告されており18)、シグナル伝達に関わっている可能性は高い。一方、α3β1ではなく、α5β1と特異的に膜面上で複合体を形成する蛋白質も見つかっている。カベオラに局在するカベオリンは、α5β1と複合体を形成し、Fynを介したMAPKの活性化に関与することがGiancottiらによって報告されている19)。このような特定のインテグリンと選択的に複合体を形成する蛋白質としては、αvβ3と特異的に複合体を形成するCD47(IAPとも呼ばれる)もよく知られている。

 最近、幹細胞を利用した再生医療や組織工学といった領域が注目を集めている。しかし、このような新しい医療を臨床の場に根付かせるには、ES細胞を含めた様々な幹細胞を生体外で自由に操作する技術の確立が不可欠である。ニッチェと呼ばれる個々の幹細胞に固有な細胞外環境の実体解明が急務である理由はそこにある。上皮系幹細胞の場合、ニッチェの中核となるのは基底膜である。個々の細胞に最適化された基底膜環境ムそこには増殖因子等の本来基底膜に組み込まれて働く多くの液性因子も含まれるーの再構成を通じて、細胞の増殖・分化を生体外で操作する基盤技術の開発がわれわれの大きな目標である。



文献

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プロフィール:
関口清俊:1978年、大阪大学大学院理学研究科修了。理博。米国・フレッドハッチンソン癌研究所(箱守研究室)、藤田保健衛生大学医学部(千谷研究室)、大阪府立母子医療センター研究所を経て、1998年より大阪大学蛋白質研究所教授。2000年10月より、科学技術振興事業団関口細胞外環境プロジェクト総括責任者を兼任。細胞外マトリックスの中に書き込まれている情報の解読を通じて、多細胞動物体制の構築原理と進化の仕組みを理解することを目標としている。
 
How do integrins decode the messages written in the extracellular matrix?

Kiyotoshi Sekiguchi
Institute for Protein Research, Osaka Univerisity /
Sekiguchi Biomatrix Signaling Project, Japan Science and Technology Corporation



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