SCROLL

ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2022.05.24

CO2資源化酵素の電子移動メカニズムを解明 ―生体触媒による常温常圧中性での CO2貯留・資源化技術開発に新たな一歩―

概要

京都大学大学院農学研究科の宋和慶盛 助教、吉川達偲 同修士課程学生(研究当時)、鈴木洋平 同博士課程
学生、北隅優希 同助教、白井理 同教授、京都大学産官学連携本部の加納健司 特任教授、大阪大学大学院生
命機能研究科 日本電子 YOKOGUSHI 協働研究所の牧野文信 招へい准教授、宮田知子 同特任准教授(常勤)、
難波啓一 同特任教授、大阪大学蛋白質研究所 田中秀明 准教授らの共同研究グループは、CO2 とギ酸の酸化
還元反応を可逆的に触媒する Methylorubrum extorquens AM1 という植物葉上共生細菌※1由来のギ酸脱水素
酵素(FoDH1)※2の電子移動メカニズムを解明しました。
FoDH1 は、常温常圧中性において CO2 の還元を触媒できる酸素耐性型酵素で、世界的に重要な課題である
温室効果ガス(主に CO2)を削減する CCUS (Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage の略、回収し
た CO2 を貯留や資源化する技術)の切り札として期待されています。本酵素は、電極との直接的な電子移動が
できるユニークな特徴を有しており、高効率な触媒反応を実現できます。今回、クライオ電子顕微鏡観察※3や
単粒子像解析※4 を用いた構造生物学的手法によって、2.2 Å(オングストローム)の高い分解能で世界に先駆
けて構造解析に成功しました。さらに、生物電気化学的手法によって、酵素内に複数の電子移動経路や電極反
応部位を発見しました。今回の研究成果は、生体触媒を用いた新たな CO2資源化技術の基盤研究として貢献す
ることが期待されます。
本研究成果は、2022 年 4 月 29 日に、国際学術誌「Chemical Communications」にオンライン掲載されま
した。また、本誌の Outside Front Cover(表表紙)を飾ることになりました。

本研究で解明したギ酸脱水素酵素FoDH1の立体構造と複数の電子移動経路【イメージ】

本研究で解明したギ酸脱水素酵素FoDH1の立体構造と複数の電子移動経路【イメージ】

1.背景

温室効果ガスである CO2排出量の削減は、人類が解決すべき地球環境問題です。持続可能な未来社会を構築
するために、世界中で CO2を資源化あるいは回収する技術(CCSU:Carbon dioxide Capture, Utilization and
Storage)の研究開発が進められています。一般的な無機触媒は、高温高圧条件で効率良く機能する一方、私
たちが着目している酸化還元酵素は生体触媒であるため、常温常圧中性において最も効率良く機能します。
CO2からギ酸への還元(=CO2資源化)を触媒する酵素として、Methylorubrum extorquens AM1 という植物
葉上共生細菌由来のギ酸脱水素酵素(FoDH1)が存在します。FoDH1 は酸素耐性を有しており、生体触媒を
用いた新たな CO2資源化に向けた切り札として大いに期待されています。
私たちは、これまでの研究で、FoDH1 が直接的に電極と電子移動することを実証しています。この反応メ
カニズムを“直接電子移動型酵素電極反応(DET 型反応)※5
”と呼び、酸化還元酵素のおよそ 0.01%のみが実現
できるユニークな反応様式です(図1)。DET 型反応は、従来の反応系とは異なり、酵素-電極間の電子移動
を仲介する電子伝達メディエータが必要ありません。そのため、電子移動に伴うエネルギーロスを最小限に抑
えることができる理想的な反応として注目されています。しかしながら、FoDH1 の立体構造の詳細は明らか
になっておらず、酵素内の電子移動メカニズムは不明でした。

図1:DET型反応と従来の反応様式の比較 ※CO2からギ酸への還元反応を例示

図1:DET型反応と従来の反応様式の比較
※CO2からギ酸への還元反応を例示

2.研究手法・成果

2-1.クライオ電子顕微鏡観察と単粒子像解析によって FoDH1 の立体構造を解明
大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子 YOKOGUSHI 協働研究所のクライオ電子顕微鏡を用い、FoDH1
の単粒子像解析を実施しました。その結果、2.2 Å の高い分解能で世界に先駆けて立体構造を解明することに
成功しました。図 2(a)は FoDH1 の全体構造です。本酵素はヘテロダイマー※6であり、αサブユニット(ピン
ク色)に CO2/ギ酸の酸化還元反応を触媒する活性部位であるタングステンプテリン(W-P)と4つの鉄硫黄
クラスタ(FeS)を、βサブユニット(緑色)に NAD+
/NADH※7の酸化還元反応を触媒する活性部位であるフ
ラビンモノヌクレオチド(FMN)と2つの FeS を確認できました。本酵素の生物学的な役割は、ギ酸からの
エネルギー獲得であり、W-P から FMN に電子を伝達します。図 2(b)に示す通り、酵素内電子伝達の役割を担
う5つの FeS が、迅速な電子移動が可能な距離である 14 Å 以内になるように、W-P と FMN 間に合理的に配
置されていました。また、1つの FeS(B2 [2Fe-2S])は電子移動経路と無関係な場所に存在していました。
一方で、図 2(c)に示す通り、いくつかの FeS は酵素表面から 14 Å に位置しており、特に、B2 [2Fe-2S]は 10.5
Å という短い距離であることが分かりました。

図2:解明したFoDH1の(a)立体構造、(b)コファクター間の距離、(c)FeSと酵素表面までの距離

図2:解明したFoDH1の(a)立体構造、(b)コファクター間の距離、(c)FeSと酵素表面までの距離

2-2.酵素と電極表面の相互作用に着目し、複数の電子移動経路や電極反応部位を発見
図 3 は、解明した立体構造を基に、酵素表面の静電ポテンシャル※8を計算した結果(青が正電荷、赤が負電
荷)です。矢印で示した領域に上述の B2 [2Fe-2S]が存在しており、この領域に負の電荷が局在していました。
そこで、電極表面の化学特性を制御する手法を活用し、表面状態の異なる電極上での触媒反応を電気化学的に
評価しました。また、FoDH1 は CO2/ギ酸だけでなく、NAD+
/NADH の可逆的酸化還元反応も触媒できます。
そこで、それぞれの基質を添加した際の反応挙動も検討しました。その結果、図 4 に示すような複数の酵素内
電子移動経路や電極反応部位を発見しました。

図3:FoDH1の静電ポテンシャルマップ(青:正電荷、赤:負電荷) ※矢印の領域にB2 [2Fe-2S]が存在する

図3:FoDH1の静電ポテンシャルマップ(青:正電荷、赤:負電荷)
※矢印の領域にB2 [2Fe-2S]が存在する

図4発見した複数の電子移動経路と電極反応部位を担うFeS ※(a)正に帯電をもつ修飾剤を用いた場合、(b)電荷を持たない修飾剤を用いた場合

図4発見した複数の電子移動経路と電極反応部位を担うFeS
※(a)正に帯電をもつ修飾剤を用いた場合、(b)電荷を持たない修飾剤を用いた場合

3.波及効果、今後の予定

本研究は、生体触媒である酵素を利用した CO2 資源化技術を開発するための学術的基盤になります。今後、
酵素工学や機械学習などの手法も織り交ぜることで、「CO2 資源化スーパー酵素」の創出に繋がると考えられ
ます。また、本酵素は、ほぼすべての生物におけるエネルギー運搬体である NAD+
/NADH を双方向に触媒す
ることもできます。そのため、異化代謝※9に関わる酵素群と組み合わせたバイオ電池やバイオセンサ、バイオ
リアクタとしての展開も期待できます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構 AMED BINDS 制度(JP21am0101117)、日本学術振興
会 科学研究費助成事業(JP21H01961)、京都大学への寄附金(加来裕生氏、王厚龍氏)の支援のもとで実施
されました。

<用語解説>

※1植物葉上共生細菌:植物葉面に優先化して生息し、植物と相利共生関係にある微生物
※2ギ酸脱水素酵素:ギ酸から CO2への酸化を触媒する酵素で、逆反応である CO2の還元も触媒できます。
※3クライオ電子顕微鏡観察:タンパク質などの生体分子を水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微
鏡で観察するために開発された手法です。試料を含む溶液を急速凍結し、薄い氷に包埋することで、電子
顕微鏡観察を行います。
※4単粒子構造解析:電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子像から、立体構造を決定する構造解析手法です。
※5直接電子移動型酵素電極反応:酵素反応と電極反応が共役した反応を“酵素電極反応”と呼びます。その中
でも、酵素が電極と直接的に電子移動できるものを直接電子移動型と呼び、本文中では DET 型反応と記
載しています。
※6ヘテロダイマー:2 種類の異なるタンパク質が結合したもの
※7NAD+
/NADH:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドの略称であり、ほとんどの生物の異化代謝※9にお
ける電子伝達体(エネルギー運搬体)として機能する補酵素です。
※8静電ポテンシャル:タンパク質がもつ電荷の偏りを色分けしたもの
※9異化代謝:外から取り入れた物質を小さな構成要素に分解してエネルギーを取り出す生体内での反応

<参考文献>

Kento Sakai, Hong-qi- Xia, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Kenji Kano, Assembly of direct-electron-transfer
type bioelectrodes with high performance, Electrochim. Acta, 271, 305 (2018)
Kento Sakai, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Kazuyoshi Takagi, Kenji Kano, Direct electron transfer-type fourway bioelectrocatalysis of CO2/formate and NAD+
/NADH redox couples by tungsten-containing formate
dehydrogenase adsorbed on gold nanoparticle-embedded mesoporous carbon electrodes modified with 4-
mercaptopyridine, Electrochem. Commun., 84, 75 (2017)

<研究者のコメント>

2050 年のカーボンニュートラルの実現に向けて、生物が持つ高度な生体機能を模倣する技術がブレイクスル
ーになると考えています。特に、DET 型反応を実現できる酵素に関する基礎研究は、持続的な未来社会を構築
する上で、学術的にも社会的にも大きな意義を持ちます。今後も、構造生物学と生物電気化学が融合した学際
的研究領域である“構造生物電気化学”を牽引し、研究成果の社会実装に取り組みます。(宋和 慶盛)

<論文タイトルと著者>

タイトル:Multiple electron transfer pathways of tungsten-containing formate dehydrogenase in direct
electron transfer-type bioelectrocatalysis
(直接電子移動型ギ酸脱水素酵素における複数の電子伝達経路の発見)
著 者: Tatsushi Yoshikawa, Fumiaki Makino, Tomoko Miyata, Yohei Suzuki, Hideaki Tanaka, Keiichi
Namba, Kenji Kano, Keisei Sowa*, Yuki Kitazumi, and Osamu Shirai
掲 載 誌: Chemical Communications (ChemComm) DOI:10.1039/D2CC01541B

一覧に戻る