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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2022.08.09

熱中症の発症予測・メカニズム解明にも寄与 タンパク質の過敏な熱応答で体温上昇が止まらない! ―悪性高熱症の熱産生暴走メカニズム―

研究成果のポイント

◆ 悪性高熱症(全身麻酔の際に高体温になる疾患)[※1]が悪化する原因は、遺伝的な変異タンパク質が熱へ過敏に応答してしまうためであることを発見
◆ 赤外レーザーによる精密加熱技術、細胞のカルシウムイオン量をモニターする技術、変異タンパク質を持った細胞、の3つが揃ったことで、細胞の熱応答を精密に定量評価する実験が可能に
◆ 悪性高熱症に加えて、近年その関連が示唆される熱中症のメカニズム解明にとっても重要な知見として、予防戦略・治療薬開発への展開が展望される

 

概要

大阪大学蛋白質研究所蛋白質ナノ科学研究室の鈴木団講師、原田慶恵教授と、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の大山廣太郎主幹研究員、東京慈恵会医科大学の山澤徳志子准教授、福田紀男准教授、小比類巻生助教らを中心とする共同研究グループは、全身麻酔時に高体温になる疾患である悪性高熱症について、その原因となるタンパク質への遺伝的な変異が、熱に対するタンパク質の応答を過敏にしてしまうことを発見しました。専門的には「カルシウムイオンチャネル」と呼ばれるグループに属するこのタンパク質の熱応答は、本研究で見いだされた新しい現象でした。そこで研究グループはこれを「熱誘発性カルシウム放出」と名付けました。熱産生が熱誘発性カルシウム放出を引き起こし、さらなるカルシウムイオンの放出と熱産生を誘導して暴走する、という悪性高熱症の重症化メカニズムを提案しました(図1)。同じ遺伝的な変異は熱中症においても共通して見つかっていることから、熱中症との関連も示唆され、その発症メカニズムの解明や発症の予測にもつながる研究成果であると期待されます。
本研究成果は、2022年8月5日(金)午前2時30分(日本時間)に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences, U.S.A.)(オンライン)に掲載されました。

図1 . 本研究が提唱する、カルシウムイオンチャネルタンパク質( RyR1 の熱応答が原因で始まる悪性高熱症の熱暴走 。① 揮発性吸入麻酔薬などで誘発されたRyR1のカルシウム放出が筋肉の熱産生を促進して、② 体温が上昇することが知られていた(灰色の矢 印) 。今回、 RyR1 が 熱に 応答し、さらなるカルシウム放出が促進される 「熱誘発性カルシウム放出」を発見 (赤色の矢印 。熱誘発性カルシウム放出のために熱 産生が暴走する悪循環が完成して 、悪性高熱症が悪化してゆく。 Oyama et al. 2022 ) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. より改変。

 

研究の背景

細胞の中にはカルシウムイオンの貯蔵庫があります。神経系からの指示があると、貯蔵庫からカルシウムイオンが出て行き、筋肉が力を出します。貯蔵庫にはカルシウムイオン専用の、タンパク質でできた扉があり、1型リアノジン受容体(RyR1)と呼ばれています。悪性高熱症を発症する患者さんからは、RyR1に遺伝的な変異(RyR1変異体)が見つかっていました。
悪性高熱症は次のようにして生じることが、これまでに知られていました(図1)。
① 吸入麻酔薬などによってRyR1変異体からカルシウムが異常に放出され、カルシウムイオンが筋肉での力の発生と代謝異常を誘発
② その結果、熱産生が制御不能になり体温が異常に上昇する
しかし、これまでRyR1に関する構造生物学、生化学、生理学からの検証が広く進められて来た一方で、熱がRyR1に与える効果はほとんど研究の対象になりませんでした。その理由は第一に、熱産生は悪性高熱症の結果に過ぎず、原因に関わるものとは一般に考えられてこなかったため。また第二に、もし熱産生に着目した場合でも、精密に制御した熱刺激を細胞に与える技術が無かったためです。

 

図2 . 赤外レーザー光を対物レンズで集光して、RyR1 変異体を持った細胞に熱刺激を与え、細胞のカルシウムイオンの量を顕微鏡でモニターした。加熱1秒後にカルシウムイオンの量が上昇することを発見した(赤色な細胞ほどカルシウム濃度は高い)。 Oyama et al. 2022 ) Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. より改変。

研究の内容

研究グループは、悪性高熱症の仕組みのどこかに、熱産生を暴走させるステップがあると考えました。例えば熱産生(②)がRyR1変異体に作用してカルシウムイオンを放出させる(①)ならば、その結果さらに熱産生する(②)、といった具合に、①と②が繰り返し生じて、熱産生が暴走してしまいます。
そこで、この仮説を実験的に検証するために、RyR1変異体を持つ細胞を準備し、細胞のカルシウムイオンの量を顕微鏡でモニターする技術と、局所熱パルス法[※2]を組みあわせて利用しました。その結果、細胞が1秒以内に熱刺激へ応答し、細胞のカルシウムイオンの量が上昇する様子を観察することに世界で初めて成功しました(図2)。さらに複数の異なる実験から、熱がRyR1からのカルシウムイオンの放出を誘導するという結論が支持されました。RyR1には、カルシウムイオンが作用してカルシウムイオンを放出させる、「カルシウム誘発性カルシウム放出」という仕組みがあります。この言葉になぞらえ、研究グループはここで見いだされた新しい現象を「熱誘発性カルシウム放出」と名付けました。
熱誘発性カルシウム放出は、変異の無いタンパク質でも見られました。もしかすると細胞には、自分自身で産生する熱を「熱シグナリング[※3]」としてその場で上手く利用して、細胞内のカルシウムシグナリングを効率よく調節できる仕組みが、備わっているのかもしれません。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究で解析した4種類のRyR1変異体の全てが、変異していないRyR1に比べて熱への応答が過敏であると同時に、熱応答性に違いが見られました。「悪性高熱症」と言っても、少なくともタンパク質のレベルでは、熱暴走[※4]に違いがあるのです。麻酔薬を使用する前に変異体を特定することで、熱暴走の特徴を事前に予測することも可能になると期待されます。
悪性高熱症に関連するRyR1変異体は、熱中症との関連も指摘されています。本研究成果は、熱中症の発症メカニズムの解明や発症の予測にも役立つ可能性があります。変異体の熱感受性を低下させる方法を得て、悪性高熱症や熱中症を予防したり、治療したりする創薬への展開も展望できるでしょう。

 

特記事項

本研究成果は、2022年8月5日(金)午前2時30分(日本時間)に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences, U.S.A.)(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Heat-hypersensitive mutants of ryanodine receptor type 1 revealed by microscopic heating”
著者名:Kotaro Oyama#,*, Vadim Zeeb#,*, Toshiko Yamazawa#, Nagomi Kurebayashi, Fuyu Kobirumaki-Shimozawa, Takashi Murayama, Hideto Oyamada, Satoru Noguchi, Takayoshi Inoue, Yukiko U. Inoue, Ichizo Nishino, Yoshie Harada, Norio Fukuda*, Shin’ichi Ishiwata, Madoka Suzuki*
#共同筆頭著者、*責任著書
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2201286119

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、JSTさきがけ、AMED 創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム、内藤財団、車両競技公益資金記念財団、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)、ほかの支援により行われました。

 

用語説明

※1 悪性高熱症
外科手術時の吸入麻酔や脱分極性の筋弛緩剤によって、筋肉での力発生や代謝の異常亢進が起こり、体温が上昇する疾患であり、適切な処置(冷却・ダントロレン投与)がされない場合、死に至る場合もある。主な原因はRyR1の遺伝子突然変異によるカルシウム誘発性カルシウム遊離の異常であることが知られる。
※2 局所熱パルス法
水の吸収波長帯の近赤外レーザー光を対物レンズで集光することで、細胞周囲の溶液に1秒程度で温度勾配を形成する顕微鏡技術。2021年11月9日ResOU “胎児の神経を形作る仕組みは精密な温度センサー”も参照。
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20211109_1
※3 熱シグナリング
カルシウムイオンは、細胞の中で起きる様々な現象の仲介役として利用されるイオンで、カルシウムイオンの関わる情報伝達を「カルシウムシグナリング」と呼びます。細胞でカルシウムシグナリングを司るタンパク質が熱に応答する現象、これが本研究で見いだされた「熱誘発性カルシウム放出」です。細胞自身の産生する、エネルギーである熱が、細胞内の現象を仲介するプロセスの存在を仮定し、それらを総称して「熱シグナリング」と呼ぶことを、研究グループは提案しています。より大きなスケールで、よりゆっくりと変化する環境パラメータである温度への応答、「温度シグナリング」、と対になる言葉です。悪性高熱症は、筋肉における熱シグナリングの悪循環、と言えるでしょう。
※4 熱暴走
熱産生による温度上昇がさらなる熱産生を生む正のフィードバック回路。半導体チップやバッテリーの故障の原因となる。

 

鈴木講師のコメント

この研究は、大山&山澤&石渡のおしゃべりがきっかけで始まりました。当時は夏恒例の合同セミナー合宿で、最も熱いやりとりが行われる、夜の懇親会でのことでした。ある種のマニアである私たちに、「懇親会くらい仕事(研究)の話は止めよう」は、ありません。リラックスして、好きなことを議論することこそが楽しく、そして今回の成果が示すように、重要なのです。そんな機会がめっきり減ったこの頃ですが、知的興奮とアイディアの発芽を上手く捉えて、前進し続けます。

 

SDGs目標

 

 

 

 

参考URL

1. 鈴木 団 講師 研究者総覧URL
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ca5ca6ff0ffeeff2.html

2. 2021年11月9日ResOU “胎児の神経を形作る仕組みは精密な温度センサー”
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20211109_1

3. 2021年1月16日ResOU “生きる”とは?私たち生物の細胞が熱を伝えるメカニズムの解明へ。
http://www.protein.osaka-u.ac.jp/achievements/press_release20210112/

 

【蛋白質研究所】研究者紹介:鈴木 団講師(常勤)、原田 慶恵教授

―本研究成果の苦労された点は?―
両先生より:最初の結果を得てから今までの道のりは短いものではありませんでしたが、良い共同研究者と出会うターニングポイントが何度かあり、助けてもらえたことで、熱でカルシウムイオンチャネルが開く、という大きな発見につなげることができました。

―ひと言コメントをお願いいたします―
両先生より:今回の成果がきっかけとなり新たに生まれてきた多くの疑問についても、解決に向けた研究活動を続けて行きたいと思います。

 

 

 

 

 

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