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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2023.08.31

高親和性レセプターデコイのCOVID-19治療効果を非臨床レベルで確認 ―すべての変異株に効果のある新規治療薬を実証―

順天堂大学大学院医学研究科微生物学の伊東祐美助教、鈴木達也助教、岡本徹主任教授、宮崎大学農学部獣 医学科の齊藤暁准教授、医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターの保富康宏センター長、浦野恵美子主任研究員、京都府立医科大学大学院医学研究科循環器内科学の星野温講師らは、大阪大学微生物病研究所、大阪大学蛋白質研究所、京都工芸繊維大学応用生物学系、岡山大学医歯薬学総合研究科、国立感染症研究所病理部との共同研究で、高親和性ACE2デコイ*1の新型コロナウイルス*2に対する治療効果を検証し、①高親和性(強くウイルスのスパイクタンパク質に結合する)にすることでACE2デコイをエスケープ*3できる(ACE2デコイに耐性を持つ)ウイルスが産生されないこと、②これまでの中和抗体を用いた治療において主流であった静脈投与ではなく、吸入投与することで20分の1の投与量でも静脈注射と同程度の治療効果が得られることを明らかにし、呼吸器感染症における吸入投与の有用性を実証しました。さらに、ヒトのCOVID-19病態を反映する霊長類モデルを用いた検討において、③高親和性ACE2デコイが新型コロナウイルスに感染したカニクイザル*4の治療にも有効であることを明らかにしました。なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業の支援(研究開発課題名:高親和性ACE2による変異株を網羅したCOVID-19治療薬開発)によって行われ、その研究成果は、国際科学誌 Science Translational Medicine誌に、2023年8月30日午後2時(米国東部夏時間)にオンライン版で発表されました。

タイトル: An inhaled ACE2 decoy confers protection against SARS-CoV-2 infection in preclinical models.
著者: Emiko Urano, Yumi Itoh, Tatsuya Suzuki, Takanori Sasaki, Jun-ichi Kishikawa, Kanako Akamatsu, Yusuke Higuchi, Yusuke Sakai, Tomotaka Okamura, Shuya Mitoma, Fuminori Sugihara, Akira Takada, Mari Kimura, Shuto Nakao, Mika Hirose, Tadahiro Sasaki, Ritsuko Koketsu, Shunya Tsuji, Shota Yanagida, Tatsuo Shioda, Eiji Hara, Satoaki Matoba, Yoshiharu Matsuura, Yasunari Kanda, Hisashi Arase, Masato Okada, Junichi Takagi, Takayuki Kato, Atsushi Hoshino, Yasuhiro Yasutomi, Akatsuki Saito, Toru Okamoto

DOI: 10.1126/scitranslmed.adi2623
URL: http://www.science.org/doi/10.1126/scitranslmed.adi2623

プレスリリース資料はこちらをご覧ください。

用語解説

※1 デコイ
デコイ(decoy)は囮(おとり)のことである。高親和性ACE2デコイは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬として、開発されたACE2の変異体である。本来のレセプターとしての ACE2 を変異体のACE2がおとりとしてウイルスに結合し、本来の細胞表面のACE2に結合させないように仕向けている。従来のACE2と比較して、6箇所のアミノ酸変異が導入されており、ウイルスのスパイク蛋白質と100倍結合力が更新している。また、ACE2の本来の機能であるアンギオテンシン変換酵素の酵素活性は欠失している。本ACE2デコイは、ヒトイムノグロブリンのIgGとの融合蛋白質である。 

※2 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)
2019年に中国で初めて発生が確認され、その後世界的流行(パンデミック)を引き起こしているウイルス。さまざまな変異を出現させ、未だに流行が続いている。 

※3 エスケープ変異抗体医薬やワクチン、治療薬に対して抵抗性を獲得する変異。抗体や治療薬が存在する中でウイルスを培養すると、時にそれらに対してエスケープ(逃避)できる(抵抗力を持つ)変異をウイルスが獲得する。エスケープ変異はウイルス感染症では新たな変異株を作らせないために特に重要で、新規薬剤の開発においては、エスケープ変異の出現は注意深く検討する必要がある。 

※4 カニクイザルカニクイザルはヒトと同じ霊長類に属する実験動物である。特に高次脳機能を有すること、長寿であること、単胎妊娠であること、月経があることなど他の実験動物種が持たない、ヒトに近い特徴を持つ。また、近縁なアカゲザルやニホンザルは季節繁殖性であるが、カニクイザルは通年繁殖性であるという点でもヒトに良く似た生理的特性を示す。このようにサル類はヒトと似た特徴を持つことから、再生医療、脳神経、長寿、行動、臓器移植、感染症、生殖などさまざまな医科学・感染症研究に利用されている。 

図1. 研究背景 ①新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染様式。SARS-CoV-2は細胞表面のACE2と結合して細胞内に侵入します。②研究グループでは、高親和性ACE2デコイを創出し、③COVID-19治療薬としての検討を重ねてきました。

図2. 研究成果のまとめ ①高親和性とすることで、ウイルスはACE2をエスケープすることができず、耐性ウイルスの出現を抑えることができることを明らかにしました。②ACE2デコイにジルコニウムラベルを施し、マウスを用いて投与方法による薬剤の動態を確認しました。また、吸入投与により薬剤量を20分の1に減らすことができ、吸入による投与方法が効率よく薬剤を届け、治療効果が高いことを明らかにしました。③SARS-CoV-2感染カニクイザルを治療することができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

【蛋白質研究所】研究者紹介:高木 淳一 教授

高親和性レセプターデコイは、COVID-19パンデミックが始まったばかりの2020年5月から星野温先生(京都府立医大)、岡本徹先生(当時阪大微研、現順天堂大)とチームを組んで治療薬として開発を続けてきたもので、専門外の基礎研究者だけで取り組んだ治療薬開発は苦労の連続でした。それが国からの組織的な支援もない中でサルでの評価や吸入薬としてのポテンシャルの確立まで達成したことは感慨深いものがあります。新型コロナは第5類になって世の中はようやくこの深刻な影響を脱しつつあり、本治療薬も実用化されることなく終わるかもしれませんが、この経験は必ずや次の新興感染症の予防・治療薬の開発に役立つものと信じています。

【蛋白質研究所】研究者紹介:加藤 貴之 教授

これまでいくつかコロナのスパイク蛋白質の構造解析を行ってきましたが、この実験で用いられた試料は最も高分解能に達成しました。
クライオ電子顕微鏡は試料の自由度は高いのでなんでも解析できると思われがちですが、一番重要なのは試料ですね。

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